柏手はしっかり音を出すこと

出雲大社まで出かけて恋のおまじない(願掛け)を行うためには、おまじないのための儀式をきちんと行わなければなりません。

プリンを真ん中から食べるとかアルテミスの呪文を唱えるのと一緒ですね。

出雲大社で行う儀式は二拝四拍手一拝。

まず90度の角度まで深いお辞儀を2回、これが二拝で、続いて4回の柏手(かしわで、両手をパンと合わせる行為ですね)が文字通り四柏手、そのまま手を合わせ、心のなかで自分の名前を言って、それから願い事をし、最後にまた深々とお辞儀を1回、これが一拝。

一般的に神社は二拝二拍手一拝が基本ですが、出雲大社や他の一部の神社では柏手を4回、または8回というところもあります。 続きを読む 柏手はしっかり音を出すこと

出雲大社に出かける恋のおまじない

10月、日本の暦は神無月といいます。

これは日本中の神様が10月になると総本山の出雲大社に集まるからで、出雲大社のある島根県とその地方では逆に神在月と呼ぶそうです。

なぜ10月になると日本中の神様が出雲大社に集まるのか?

じつは各神社で願い事をされた神様たちが出雲大社に祀られている大国主大神にお伺いを立てて願い事の審議をするため、だそうです。

この大国主大神、本来は農業や商業、医療を司る、とまさに妖術の権化みたいな神様ですが、なぜか縁結びもこれにつけ加えられています。

大国主大神、じつはさまざまな女神たちと多くの子供を設けており、一夫一婦制の今、かなりの浮気者なのですが、そこは故事の神様の行いということで縁結びの神様という謂れになったのでしょう。 続きを読む 出雲大社に出かける恋のおまじない

神事として扱われるおまじない

現在のおまじない、都市伝説的なものが出始めてなんでもあり、の状態ですが、現代社会ほど文明が発達していない時代(もちろん現代が高度に発達した文明を持っているというわけではありませんが)、おまじないは「お呪い」の漢字でもわかるように、呪術の一種、つまり神事だったわけですね。

この呪術、漢字で表すと禍々しい雰囲気を持っていますが、呪術は二通りあって、人の心を惑わすための邪術と公共の利益(天候の回復や病気の治療など)のための妖術があり、これを行うのがシャーマン、つまり祈祷師や巫女です。

もっとも現在の神社で巫女さんは神事の奉仕という役割になっていますが、神社と「お呪い」は切っても切れない関係。

神社にお願いごとをする願掛けも、言ってみれば「お呪い」と同義語ですから。 続きを読む 神事として扱われるおまじない

神様経由だからおまじないが効く

恋のおまじないが多いのは、それだけ恋がままならず不条理で予測不可能、ひいては自分の存在すら肯定的ではなくなるほど狼狽することもあるからでしょう。

その不条理、不確定さに対抗できるものがあるとしたら、それはやはり「不思議な力」ということになりますね。

したがって、おまじないを行うなら最低限、その「不思議な力」が介在している方法を選んだ方がまだ納得できるのではないでしょうか?

都市伝説的なものにはどうしても偶発性から生まれた感が強く、「不可解な行動」ではあるけれど「不思議な力」がどのように働くのかまったく分かりません。

好きな人に一度電話をかけ、相手が出ないうちに切り、その後、それを3回繰り返して電話機に赤い糸を垂らしておけば、好きな人から電話がかかってくる、なんておまじないまでありますが、これ、相手から電話がかかってきたら「ワン切りしてんのお前だろ!」なんて怒られちゃいそうですからね。 続きを読む 神様経由だからおまじないが効く

誰が考えたか恋のおまじない

まだまだあります、都市伝説的恋のおまじない。

プリンもおまじないの道具になるみたいですね。

台形のカラメルのかかった部分から食べていき、縁を残して火山の火口のような形にして、火口底に堪ったカラメルを時計回りに5回、縁へかけていくそうです。

これ、彼氏や彼女だけじゃなくて一緒に食べている人がいたらドン引きするほど汚い食べ方になるので絶対に一人の時に行ってくださいね。

これがなぜ恋のお呪いになるのかまったく疑問ですが、中高生の女の子が食べ物を(傍から見ていると)グチャグチャにして食べている光景を見かけます。

おそらく、そういった中高生女子の願掛け的行動がおまじないまで発展したのでしょう。 続きを読む 誰が考えたか恋のおまじない

猫とツキと干支の性格

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