愚か者が得意気にすること

真の友情を育てるためには、たとえ群れの中で疎外されようと我を通す相手を信頼する勇気が必要になります。

その時、群れの多くは我を通す人間に対して正と多数を振り回して、間違いを指摘、それを認めさせようとします。

よくあることですね。

以下はベンジャミン・フランクリンの言葉です。

「どんな愚か者でも、他人の短所を指摘できる。そして、たいていの愚かな者が、それをやりたがる」 続きを読む 愚か者が得意気にすること

正誤は結果が示す時もある

群れの中で間違ったことをしている人に対して味方になるのはとても難しいことです。

しょっちゅう、間違いばかり犯している人であれば味方をする価値があるか疑問も生まれてきますし。

また間違いを指摘されて激昂したり、その間違いを認めなかったりする人も友人として相応しいのか、考えてみる必要があります。

しかし、周囲が間違っていると言っても本人が確信して我を押し通す時もあるでしょう。 続きを読む 正誤は結果が示す時もある

間違った時でも味方になってくれる者

本当の友達を見つけるのは、人間関係を潤滑に進めるより難しいことです。

群れている中で、なかなか本当の友達は見つかりにくいものですが、本当の友達が見つかって一緒につるんでいると、なぜか回りから群れたがる人間が寄ってくるのもまた、本当の友達の成せる業といえるでしょう。

本当の友達と一緒にいる時間が楽しいから、その楽しさに釣られて他の人たちが寄ってくるわけですね。

もっとも群れている時でも、じつは本当の友達が見つかることはあるのです。 続きを読む 間違った時でも味方になってくれる者

よき友を持つ者

孤独になることは成長の証でもありますが、山奥の一軒家で世捨て人のように暮らしている人でない限り、永遠の孤独は耐え切れるものではありませんし、やはり友人は必要でしょう。

しかし、その友人というのはこれまで紹介してきたように、帰属本能における群れた集団では意味がありません。

でも友人を作るのはけっして簡単ではないことを承知している人も多くいるでしょう。 続きを読む よき友を持つ者

個人と組織の人間関係

まあ、LINEやFacebookで友達の数自慢することは今風ではありますが、その承認欲求の形は日本古来、続いています。

新年になると来る年賀状の厚さですね。

いい大人になっても会社勤めをしているうちは年賀状の厚さが自分への信頼度や人間関係の証と思っている人が多く、自分に来た年賀状の数が多いほど安心する人がいます。

で、会社勤めを辞めた途端、年賀状が一気に減って落胆してしまうのですが、じつはその少ない年賀状こそ、本当につながりのある人だった、とも言えるわけです。 続きを読む 個人と組織の人間関係

明確なルールと暗黙のマナー

「孤独は成長している証拠」という諺があります。

とかく、群れたがるのは人間の本能とはいえ、群れることで連帯感を強め、個人の弱さを隠すということは否めません。

しかし群れるといろいろと厄介なのも事実。

群れには「明確」なルールと「暗黙」のマナーがあります。

この2つを守れないと、いずれ群れから排除されるか、または陰湿なイジメに遭いやすくなります。 続きを読む 明確なルールと暗黙のマナー

かまってちゃんは承認欲求

自分を見て欲しい!自分に構って欲しい!最近では「かまってちゃん」なんて呼ばれていますね。

これ、承認欲求です。

社会的生活(学校から会社まで)を始めると集団帰属から他者を認識するようになり、その中で自分の価値を認めてもらえることで集団の中で居場所を見つけられるようになるという、これもいわば、本能的行動なのです。

承認欲求、必ずしも悪いことではありません。 続きを読む かまってちゃんは承認欲求

自分を見て欲しい!という本能

10代の人たちが友達をいっぱい作りたい、というのは単なる生物としての帰属性なので本能として仕方のないことですが、それにしても最近はコンピューターとネットの発達で本能部分が加速されている傾向にあります。

なんか、オジサンから見ればLINEで既読していなければ不安とか、すぐに返事を出さなきゃ友達失格とか、どうでもいいようなことに思えますが、まあ、マスコミに登場する極端な例はともかく、ネットコミュニケーションにおいては少なからず、そんな気持ちは誰にでも存在しているでしょう。 続きを読む 自分を見て欲しい!という本能

猫とツキと干支の性格

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