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コンラッドのビルに浮かぶ「13」の意味は?

中国が共産主義になったことで財産を持つ中国人が国外に流出、華僑となって世界各地に点在していますが、なかでも香港とシンガポールは多いことから華僑が運気を招くために風水を多用しているという話は有名ですね。

たとえばシンガポールのマリーナベイ・サンズ。

高さ200mの57階建て超高層ビル3棟の上にスカイパークを連結された話題のホテルですね。

公的にはデザインに風水が取り入れられているという発表はありませんが、風水専門家に言わせると風水要素がたっぷり取り入れられているとのことです。 続きを読む コンラッドのビルに浮かぶ「13」の意味は?

風水に巒頭派と理気派がある理由は?

本場中国では、隋と唐の時代を経て宋に入ってから風水は巒頭派と理気派が確立されます。

山の形や川の流れといった目に見える地相から気を判断するのが巒頭派。

眼に見えない個人の年齢や生まれた時間などから気の流れを方位的に判断するのが理気派ですね。

巒頭派は江西省で発達したことから江西学派、理気派は福建省で発達したことから福建学派と呼ばれることもあります。 続きを読む 風水に巒頭派と理気派がある理由は?

日本の陰陽師はその後どうなった?

日本独自の陰陽五行説を司る陰陽師はその後、紆余曲折します。

これが本格的な風水の定着を拒む要因にもなりました。

平安時代に入ると貴族や朝廷は悪霊や厄災から逃れるために陰陽師を大切に扱い、また陰陽師もあらゆる悪霊や厄災を取り払うために儒教や密教の呪術を身に着け、超能力者のような存在になります。

陰陽師はやがて地位を高めていきますが、やがて武家社会が台頭するようになると陰陽師は公家社会だけに影響を与える存在まで没落していきます。 続きを読む 日本の陰陽師はその後どうなった?

なぜ日本に風水は定着しなかったの?

本場中国では春秋戦国時代にはすでに風水の起源となる「卜宅」が存在し、晋の時代には陰陽思想を取り入れた隠宅風水や陽宅風水ができていたのに、風水が日本で広まるまで長き時が必要だった理由は風水が確立する宋の時代以前、中国から文化を持ち帰った遣隋使や遣唐使の存在が大きいといえます。

中国の文化や政治統制の方法を日本に持ち帰った遣隋使や遣唐使の知識の中には伏犠が説いた陰陽思想と五行説を組み合わせた陰陽五行説も入っていました。 続きを読む なぜ日本に風水は定着しなかったの?

張明澄ってだれ?

荒俣氏の「風水先生 地相占術の驚異」からさかのぼること約30年、風水の本場である台湾から張明澄(ちょうめいちょう)が来日、その後、1972年には帰化して小島聖一という日本名になります。

日本語能力が堪能なこと、学問に秀でていることなどの理由から日本に請われて来日、その張明澄の収得した学問の中に風水があり、日本の風水の原型は張明澄から始まったと言われています。

張明澄の風水は本格的な理気派。 続きを読む 張明澄ってだれ?

日本で風水が広まったきっかけは?

日本で風水が広まったのは自ら「風水先生」を名乗る小説家であり学者の荒俣宏氏(正確には奥さんの荒俣泰子氏)が1994年に「風水先生 地相占術の驚異」を刊行してからのことです。

つい最近のことですね。

荒俣氏といえばサラリーマン時代から怪奇幻想文学の翻訳を行い、作家となってから「世界幻想文学大系」(全45刊)の編集担当、さらに1985年になると「帝都物語」シリーズなど次々とベストセラーを刊行するなどインテリジェンスのある著名人として有名です。 続きを読む 日本で風水が広まったきっかけは?