陰陽師は平安時代の超エリート的存在

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陰陽五行説の本題に入る前に日本の陰陽道について説明しましょう。

安倍晴明は921年から1005年まで(当時としてはかなり長寿ですね)存命していましたから、平安時代にはすでに陰陽動が確立されていたことになります。

平安時代、日本はすでに律令制が始まっており、式部省(現在の人事院のような組織)直轄の官僚教育機関、大学寮が設けられていました。

この大学量には天文道や暦道などがあり、陰陽道もこれらと並列のひとつ、つまり当時の最新であり高度な学問だったのです。

今で言えば量子力学とかナノバイオ研究とか、いろいろある最先端学問の頂点だったわけです。

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安倍晴明は大学寮の卒業生で、その後、花山天皇の命令で那智山の天狗を封印する儀式を行なったり、一条天皇が急な病に伏せった時に安倍晴明が禊を行なったところ、病がたちまち回復したり、干ばつの時に安倍晴明が雨乞いの五龍祭を行なったら雨が降った、などさまざまな奇跡的結果をもたらせたことによって頭角を表していきます。

安倍晴明、現在でも通用するスーパーヒーローというだけでなく、当時の超エリートでした。

もちろん、陰陽師は安倍晴明だけではありません。

安倍晴明のライバルと言われた実力の持ち主もいました。

それが道摩法師(どうまほうし)ですね。

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