アーサーは王ではなく軍事指揮官

アーサー王伝説には、ギリシャ神話における「オデュッセイア」や「神統記」、日本神話における「古事記」や「日本書紀」、北欧神話における「エッダ」のような主軸となる正史がありません。

正史はありませんが出典はあります。

アーサー王を記述した最古の資料として有名なのが「ブリトン人の歴史」で、著者は一応、ブリトン人のネンニウスという人物ですが、現在、ネンニウスなる人物が書き上げたという説が疑わしくなっており、作者不明として扱われることも多い歴史書です。

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原書は828年に完成とされており、この中でアーサー王が関わったとされるサクソン人との12回に渡る戦いが記述されています。

56章に記述されていますが、その本文には「アーサーがブリテン島の諸王と総力を上げた中に加わり、サクソン人と戦ったのもこの頃~」と書かれていることからも分かるように、アーサーは王ではなく軍事指揮官という立場の兵士だった言われています。

12回目の戦いとなった「ベイドン山の戦い」ではアーサー1人で960人を倒した、と記録されているので相当の強者だったことが伺い知れますが、では、ケルト系民族の軍事指揮官であり、兵士だったアーサーはどのような経緯から、後世に語られる物語の英雄、王様になったのでしょうか。

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