ひこにゃんと井伊直孝の密接な関係

昨今のご当地キャラで安定した人気を誇っているのが「ひこにゃん」。

ちなみにこれらを称して「ゆるキャラ」という言葉が使われますが、じつは「ゆるキャラ」は登録商標であり、エッセイストのみうらじゅん氏と扶桑社に著作権があるので、本来、無関係な第三者が商業で利用することは禁じられています。

これはとりあえず招き猫とは無関係な話。

さて、「ひこにゃん」は滋賀県の記念イベント、「国宝・彦根城400年祭」のイメージキャラクターとして彦根市が公募したなかから選ばれたキャラクターで、彦根藩2代目藩主、井伊直孝にゆかりのある白猫をイメージしているそうです。 続きを読む ひこにゃんと井伊直孝の密接な関係

庶民文化を守る今戸神社と考える

今戸焼きは江戸文化のひとつですが、現在、今戸の地で継承するのは1軒だけとなっています(実際は葛飾区に今戸焼きを継承している窯が何軒かあるといいますが)。

ただし、消え行く江戸文化は今戸焼きに限ったことではありません。

金魚屋も風鈴屋も漆屋も桶屋も、その他のさまざまな職種も時代の流れのなかに埋没していきます。

江戸文化は庶民の文化といわれています。

日用品の文化であるがゆえ、継承されずに消え行くのも運命といえなくもありません。

そのなかで、招き猫発祥の地と氏神様が名乗りを上げることは文化継承の意味でとても大切なことです。 続きを読む 庶民文化を守る今戸神社と考える

今戸焼が作った丸〆猫

江戸時代に隆盛を誇った今戸焼きは日用品に使う陶磁器も製造していましたが、とくに有名なのが瓦や鉢などの土器。

なかでも土人形は縁起物や子供の玩具として数多くの種類が生産されています。

そのなかのひとつが丸〆猫、つまり招き猫。

確かに今では今戸焼きにこだわらなくても意匠がないので、日本全国、焼き物だけでなく樹脂製だろうが金属製であろうが、誰にでも量産、販売することが可能で、誰でもいつでも、今戸に出かけなくても、インターネットの通販でも手に入れることができます。

そして、この現状は丸〆猫を大量生産していた今戸焼きを文献の中に閉じ込めることにもなります。 続きを読む 今戸焼が作った丸〆猫

江戸庶民の土器を支えた今戸焼

招き猫の発祥の地、として名乗りを上げた今戸神社ですが、残念ながら古書、文献の類から両者の関連性は見つかっていません。

だからといって完全に無関係、というわけでもありません。

老婆が浅草三社権現鳥居のそばで販売した招き猫は丸〆猫と呼ばれ、現在でも台東区に地名を残す今戸で焼かれた今戸焼き。

その氏神様が今戸神社だったわけですね。

この今戸焼き、地元の土器、陶磁器を賄う日用品の窯であると同時に江戸を代表する窯でもありました。

とくに土器は有名で、瓦を量産していた痕跡が残っています。 続きを読む 江戸庶民の土器を支えた今戸焼

まずは今戸神社説から

招き猫は民族信仰から広まった縁起物といえますが、そのなかで発祥の地と名乗り出ているところのひとつが台東区の今戸神社。

では、その発祥由来をご紹介しましょう。

時代は嘉永5年というから徳川家慶の時代ですね。

場所は現在も台東区に地名を残す花川戸、そこに住む老婆が貧しさゆえに愛猫を手放しますが、ある晩、愛猫が枕元に立つと老婆に「自分の姿を作り祀れば福徳自在となる」と告げたそうです。

老婆、さっそく枕元に立った愛猫の姿を地元浅草にある今戸の窯で焼き、浅草三社権現(現在の浅草神社ですね)の大鳥居そばで売り出したところ、たちまちのうちに完売、江戸の町に招き猫が流行ったとあります。 続きを読む まずは今戸神社説から

猫とツキと干支の性格

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