まずは今戸神社説から

招き猫は民族信仰から広まった縁起物といえますが、そのなかで発祥の地と名乗り出ているところのひとつが台東区の今戸神社。

では、その発祥由来をご紹介しましょう。

時代は嘉永5年というから徳川家慶の時代ですね。

場所は現在も台東区に地名を残す花川戸、そこに住む老婆が貧しさゆえに愛猫を手放しますが、ある晩、愛猫が枕元に立つと老婆に「自分の姿を作り祀れば福徳自在となる」と告げたそうです。

老婆、さっそく枕元に立った愛猫の姿を地元浅草にある今戸の窯で焼き、浅草三社権現(現在の浅草神社ですね)の大鳥居そばで売り出したところ、たちまちのうちに完売、江戸の町に招き猫が流行ったとあります。

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ここまでは斎藤月岑という時代考察家が編纂した武江年表に記されているので、老婆の枕元に立った愛猫はともかく、老婆が浅草三社権現鳥居のそばで今戸焼きの招き猫を販売していたのは史実のようです。

では、この老婆が販売した招き猫と今戸神社の関連性についてはどうでしょうか?

古書、文献を探しても招き猫と今戸神社の結びつきは見当たらず、しかも今戸神社から授与される招き猫の形態は出土されている江戸時代の招き猫との形態と異なっているといわれています。

まったく、縁もゆかりもない話なのでしょうか?

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