へつらうことの心の貧しさ

群れの中にいると、誰かに従わざるを得ません。

中心的人物の人望が厚ければ強制的に従わされるのではなく、自ら進んで従うこともありますが、そういった群れには特別な暗黙のルールもなければ読まなければならない空気も存在していません。

そもそも、群れとして主従の関係すらないといえるでしょう。

理想的な群れですが、しかし現実は大人になってもイジメが存在するような群れもあり、そこに疑問を感じながらも自分への報復を恐れて表面的に従い、流れに任せている人も多くいるはず。

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一時をしのげばやがて、いつかは群れを離れることができるのでそれまでの辛抱、我慢と思っていませんか?

1万円札の肖像にもなった明治初期の啓蒙家、福沢諭吉は次の言葉を残しています。

「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり」

群れの中で、強制的に従わされているとしたら、それは人にへつらっていることです。

もし、群れの中心的人物が特定の人を攻撃し、それを疑問に思いながらも見過ごすことは中心的人物と同じ行動をしていることです。

勇気を持って、へつらうことを止め、攻撃されている人物の援護ができるようになったら、それは長く続く友情の始まりになることは間違いありません。

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