「私は内気である」という者は、自己中心型の怠け者だ

「私は気が弱い」とか「私は内気で」とかいう人は、結局のところ、自己中心型で、他人への配慮に欠けているだけのことかも知れない。たとえば、未知の人同志が顔を合わせば、おたがい、会話がとぎれて気まずい雰囲気にならないよう、話のタネを探すものである。

この時、その作業を相手側だけに任せて自分は楽をしようということだから、これは一種のエゴイズムであるといって差しつかえないと思う。話し下手は、下手なりに、相手に気を使わせないよう配慮するならば、何かの話題を用意しておくべきである。天気の話、その日の朝おきた事件、三面記事の犯罪、いろいろある。

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しかし、それも相手の反応を見て、自分の思っている話題が全然、相手の興味のないものだったら、そこで話題を変えるとか、相手の話すことに相づちをうつとかしてみることだ。「自分は話し下手です」といって、そのカラに閉じこもっているのは、たんなる怠け者に過ぎない。

話し方は下手でもかまわない。要は誠意であり、相手への思いやりである。二言三言、何か言葉を探して、相手に投げかけてやりたまえ。それも、必ず返答を必要とするような話題でない方が良い。

その話題、あるいは話し方が必ずしもさり気なく巧妙に行なわれるものでないとしても、そのあなたの努力、あなたの思いやりは相手に伝わる筈である。そして、相手はあなたに好意を感ずる。すると、相手も何か話し出す。要は好意の交流なのである。

そこに用いられる話題は、たとえ何であれ、その話の裏では、あなたは「私はあなたと仲良くしたいと思っております」と訴えかけているのであり、相手が応ずれば、やはり「私もそのように思っております」との返事なのであるから。

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