眼前にある小事に欲望の火をかきたてよ

自分がどんなことを望んでいるのか解らず、しかも人生において何らかの成功をしたいと、漠然と思っている人がいる。これぐらいバカげた考えはない。自分で、自分の望みが何たるかを知らないのでは、その望みをどうやって達成すべきか、その方策の立てようがないではないか?

だが、実際のところ、多くの成功者は、初めから遠大な計画を立て、それに向って突き進み続け、遂にその地点に到達したという訳ではないのである。勿論、漠然とした夢のような願い、イメージを持っていた人は多い。

しかし、それよりも、明確な目標として越えようとしたのは、その時、その場の眼前にある小さな望みだった。マラソンの選手は、苦しくなると、ゴールについては考えず、次の角、次の電柱まで、とにかく走ろうと考え、そこを越せたら、また次のどこか、目に見える地点までは行こうと自分にいい聞かせるという。

吉川英治の太閣記の中でも、秀吉は最初から天下人になろうと目指していた訳ではないといわせている。ただただ、その段階、その職分において、もう一歩上にはい上がってやろうと目指し、それを越えると、また次の目標が現れ、それをまた越えると、これをくり返している内に、遂に位人臣をきわめることになったという。

登山も同じである。最後の項上は見えない。幾つもの山がその前に立ちはだかっているからだ。それで登山者は、眼前に立ちはだかる山を目標とし、ただそれを目指す。そしてそれを乗り越えた時、次の山が現れるのだ。これを、成功哲学においては、短期目標という。

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