太田道灌を救った自性院の黒猫

招き猫起源説、3番目は現在の東京都新宿区にある自性院説です。

時代は徳川幕府からさらにさかのぼり、室町時代後期のこと。

当時の関東、武蔵国の武将といえば太田道灌が有名ですが、この太田道灌に対抗していた武将が豊島泰経で、江戸城を居とする太田道灌と石神井城を居とする豊島泰経の間で、江古田・沼袋原の戦いが行われました。

この戦い、戦略的に見るものがあるのですが、それを語り始めるとまた脱線してしまうので今回は割愛。

ともかく戦いで劣勢となった太田道灌、陽も暮れ始めた時、道に迷うとどこからともなく黒猫が表れ、手招きするので後をついていくと自性院に辿り着き、無事、一夜を過ごして体力と戦力を回復すると戦いを優勢に持ち込むことができたので、太田道灌は猫の地蔵尊を奉納したことが、自性院起源説のひとつとなりました。

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現在、太田道灌が奉納した猫地蔵尊は本堂に納められており、普段は見ることができませんが、節分の時だけはご開帳される模様で、その時の写真を見ると多くの人がご利益のためか触った痕跡があり、猫だか置き石だか分からない状態になっています。

自性院も弘法大師由来の真言宗寺院であり神社ではないのですが、触ってご利益祈願してもいいんでしょうか、お釈迦様?

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