鍋島化け猫騒動の顛末

鍋島騒動の続きです。

光茂を襲った化け猫を退治したのは小森半右衛門という説の他に、光茂の父である勝茂と龍造寺家の確執の物語があり、粗筋の大半は同じですが、化け猫を退治したのは小森半右衛門ではなく千布本右衛門となっています。

千布家は実存し、菩提寺は佐賀県白石町の秀林寺です。

そして、この秀林寺には猫塚があります。

化け猫を退治した千布本右衛門、鍋島藩の英雄となりましたが、その後、千布家は男子に恵まれず、代々の藩主は養子を迎えていました。 続きを読む 鍋島化け猫騒動の顛末

忠義心をまっとうできなかった化け猫

猫又以上に、猫の妖怪として知られているのが化け猫です。

猫又と混同されることが多いのですが、厳密に言うと違いがあります。

化け猫が有名になったのは「鍋島の化け猫騒動」からでしょう。

江戸時代の寛永から元禄にかけての頃ですね。

佐賀藩の藩主、鍋島光茂の碁の相手を務めていた臣下の龍造寺又七郎、光茂の機嫌を損ねてしまったために斬殺されてしまいます。

息子の死を不憫に思った母、飼っていた猫に恨み辛みを語って猫の前で自害、その流れた血をすすった猫が妖怪に変身し、城内に入り込んで光茂に怨念をぶつけるわけですね。 続きを読む 忠義心をまっとうできなかった化け猫

猫又の民族伝承

日本には古くから猫又伝説があります。

猫が人間を襲う猫鬼は隋の時代から、猫又は鎌倉時代の古今著聞集から登場していますが、イエネコが猫又に変身するのは江戸時代の怪談集「宿直草」や伊勢貞丈の「安斎随筆」、さらに妖怪絵巻や百怪図巻などで猫又が描かれたことから一般庶民に猫又伝説が広がりました。

猫又とは長く飼われた猫がやがて尻尾を二股にして人間をたぶらかしたり襲ったりする妖怪のことです。

この猫又伝説が元になり、尻尾が長くて真っ直ぐな猫は猫又になりやすく、カギ尻尾であれば猫又になりにくいという理由から、江戸時代にはカギ尻尾の猫が好まれました。 続きを読む 猫又の民族伝承

長崎ではカギ尻尾がデフォルト

我が家の黒猫シャーロックの尻尾は見事にL字型、カギ尻尾になっています。

世間様では「カギ尻尾の猫は尻尾に幸運を引っ掛けてやってくる」などと幸せを運ぶ猫と呼ぶこともありますが、我が家ではまったくそんなことはありません。

私はずっと不幸です。

それはともかく。

このカギ尻尾、HES7という遺伝子が大きく関わっており、けっして珍しいことではありません。 続きを読む 長崎ではカギ尻尾がデフォルト

げっ歯類のコミュニケーションを聞き取る猫の聴力

可聴域とは音の聞こえる範囲のことでHzが単位、数値が低ければ低音となり、高ければ高音となります。

人間の可聴域は20~20,000Hzと言われていますが、加齢とともに高音域が聞こえなくなり、20代後半になると15,000HZが限度と言われています。

いわゆるモスキート音と呼ばれ、子供しか聞こえない音域は17,000Hz前後です。

では、猫の可聴域はというと、25~75,000Hzの広範囲を聞き取ることができるのです。

まさに聴覚の動物と呼ぶに相応しい数値ですが、このように発達した背景には捕獲動物の鳴き声が関連しています。 続きを読む げっ歯類のコミュニケーションを聞き取る猫の聴力

猫とツキと干支の性格

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