よき友を持つ者

孤独になることは成長の証でもありますが、山奥の一軒家で世捨て人のように暮らしている人でない限り、永遠の孤独は耐え切れるものではありませんし、やはり友人は必要でしょう。

しかし、その友人というのはこれまで紹介してきたように、帰属本能における群れた集団では意味がありません。

でも友人を作るのはけっして簡単ではないことを承知している人も多くいるでしょう。

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そういった人は以下の言葉を復唱してください。

「よき友を持つものは、自分の方でもよき友になれるものでなければならない。自分だけが得することは、不可能である」

これは武者小路実篤の言葉。

小説家であり、劇作家であり、詩人でもある芸術家ですが、彼が1920年に書いた「友情」は現代でも友人関係において通ずるところがある名作だけに、上記の言葉にも説得力があります。

自分の損得だけが優先されて友達になりたい、と思うこともあるでしょうけれど、そんな時は大抵、相手にその損得感情(勘定、どっちでもいいんですが)を見ぬかれているものです。

友達として自分は相手に何ができるのか?

それを考えて友人を作ってくださいね。

…誰ですか?

武者小路実篤って、お皿に仲良き事は美しき哉、って書いてる人だろ?なんて言っているのは?

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