中国に渡った占星術

ギリシャ占星術は中国にも渡来しています。

中国にもインド同様、独自の天文観測による占星術はありましたが、星の動きではなく日食や流星、新星の誕生など星々の現象を天が与える警告、儒教の災異説が元になっているものでした。

この災異説とは別に、約2000年前に誕生した六壬神課(りくじんしんか)はギリシャ占星術とインド占星術の影響を受けて確立された占星術といわれています。

天体を干支術の12支に割り当てていること、太陽の黄道上の位置の指標を月将と呼んでいること、天地盤と呼ばれるホロスコープに似た器具を使うことなどからも、その影響を推し量ることができますね。

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日本で最初に天文観測を占いに活用したのは陰陽道で、基本となるのは万物が木、土、金、水、火によって誕生する陰陽五行説ですが、占いを行う場合は六壬神課が取り入れられていました。

平安時代から鎌倉時代にかけては六壬神課が貴族の間に浸透、陰陽師として有名な安倍晴明は「占事略決」という六壬神課の解説書を残しましたが、陰陽五行説が儒教の教えと深く関係があることから、その後、仏教の流布と共に日本でも一時的に消滅していきます。

宗教によってヨーロッパや日本から占星術が消えたという事実はそれだけ、占星術が民衆に取って信憑性が高かった、という裏付けでもあります。

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