三国志で風水師として活躍したのは管輅

中国西普・東普以前の三国時代は魏の曹操、蜀の玄徳、呉の孫権によって繰り広げられた戦乱の世で、これまでに三国時代を題材にした物語が多く生まれているので、部分的に知っている人も少なくないでしょう。

三国時代に占術師として業績を残したのが、郭璞の章にも出てきた管輅(かんろ)で、史書の三国志にも記述が残されています。

三国志では管輅が多くの武将の生死を予言したことで占術師としての高い評価を得ていますが、ここではその後の戯曲に使われたエピソードを紹介しましょう。

管輅はある日、19歳になる趙顔という若者の顔を見て、あと数日の命であることを告げます。

それを聞いた趙顔、なんとか命を伸ばしてもらえないだろうか、と管輅に嘆願すると、管輅は桑の木の下で碁を打つ老人2人がいるから、その人達に頼みなさいと告げます。

趙顔、必死の思いで2人の老人を見つけ、老人たちをもてなして延命を頼み込むと、紙に十九と書かれた最初に九を書き加え、九十九としました。

後日、延命した趙顔は管輅に会い、2人の老人は誰であったのか訊ねると、管輅は1人が死を司る北斗、1人は生を司る南斗であると答えるのでした。

ケンシロウ・ファンにはたまらないエピソードですね。

コミックもいいけれど、歴史小説にはコミックに負けないエピソードがいっぱいあるので、たまには読んでみましょうね。

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